小学校教師は時事を語っているか

世情

 世界情勢がますます緊張感を帯びてきました。

 今日、中1の息子が「ねえ、お父さん。イスラエルとガザとかイランとかは、宗教戦争なんでしょ。」と聞いてきました。

 これに対して、私は何て答えようか、どこからどのように説明しようかと悩みました。

 学生時代、世界史には心が折れて、あまりに不勉強だったコンプレックスはこの歳になってもずっと引きずっています。教員免許も高校は「公民」だけしか持っておらず「地歴」は単位落として取得できなかったくらい。本を読んだり、YouTubeチャンネル「ジオヒストリー」を視聴したりしているんですけれど、なかなか一般常識レベルにも達していないような恥ずかしさを感じています。

 近年まで、私も聖地エルサレムをめぐる「宗教戦争」という単純化した考え方をしていました。でも息子からこの言葉を聞くと「宗教戦争」というもの自体が何かを明確に表しているものではないことが自分につきつけられます。

 宗教的立場からの生活様式・行動様式・文化、物の考え方や組み立て方、政治の進め方などに違いがあるということはありますね。宗教というものが入ってきたときには、「現世」自体をどのようにとらえるかということ自体も違ってきます。ですから、ニュースで見聞きする思想や主義主張についてにわかに理解できない、驚きのようなものを覚えることがあります。

 それを人に説明するとなると、それぞれの宗教について、ある程度の知識がないと無理があるでしょう。それだけでなく、そこに結びつく文化や行動様式について(最低、映像で視聴する)実際に人と交流して理解をしていなければならないでしょう。

 一方、「宗教」「イデオロギー」を排除して、地政学からも世界を説明していかなければ、現代の世界情勢をとらえることができません。

 第2時世界大戦、冷戦、NATOなど近代史を丁寧に語るというのは、とても難しいことです。ただ、これは私に限ったことではなく、世の中の大半の人も同じだと思います。中学・高校で世界史を学び、最低限の知識をつけておくことが大事であることは、ひしひしと感じるわけですが、それと同時にそれで「知るに足る」と思っては絶対にいけないと、強く強く感じます。(足るを知るではない)

 国公立の学校の教員は、教育基本法に基づいて政治的・宗教的中立の立場をとって教育活動をしなければなりません。宗教教育については

第十五条 宗教に関する寛容の態度、宗教に関する一般的な教養及び宗教の社会生活における地位は、教育上尊重されなければならない。
2 国及び地方公共団体が設置する学校は、特定の宗教のための宗教教育その他宗教的活動をしてはならない。

教育基本法

と書かれています。これが、国公立学校の教員が宗教について言及することを避けることにつながってしまっています。宗教に関する寛容の態度、宗教に関する一般的な教養を身につけさせることが大事であると明記されていますが、「宗教の社会生活における地位」を尊重するために、自らの宗教に関する一般的な教養を身につけさせるに足る知識と理解、言葉選びに自信がないのです。

 安直な説明が、宗教的地位を侮辱してしまうことにならないか、

 丁寧な説明が、「特定の宗教のための宗教教育」とみなされてしまわないか、

ということをおそれてしまいます。その結果、「何も話さない」という選択をとっている教員がとても多いのだと思います。(単に教育基本法の条項の理解が足らず、「政治宗教は語ってはいけないのね」と勘違いしている教員も多そうだけど)

 私は、教員は政治や宗教を語ることをおそれてはいけないと思っています。むしろ、範を示すという大事な役割があると考えています。

 SNSが発達して、一層、若者は政治や宗教を語ることを「リスク」だと考えるようになってきています。普段仲の良い友達と、政治的立場や宗教的立場がちがうことで対立が生まれてしまうということをおそれるのですね。これは若者に限ったことではないかもしれませんが、若者の方が顕著だと思います。

 私が範を示すべきと考えるのは、まさに「態度」です。

 自分の知っている宗教や政治、それに関わる人のことは「ほんの一部」でしかないことを認めること

 今起きている時事をとらえようとしたときには、マクロでは宗教や政治について、もっと理解を深めていくことが大事であること

 時事の渦中にある人々を理解するには、その人の背景を理解していく必要があること

 時事をとらえようとするのは、まさに「平和」や「自分との関係をおいたところにある人々の幸福追求をどのように保障するか」と言ったことを考え、希求することなのだと認識すること

 こういった視点で、言動を選びつつ、対話することをおそれない姿を見せるべきだと思うのです。

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