宿題は、学校にとっても家庭にとっても悩ましいトピックです。
宿題は「学力保障のための手段」であると同時に、「学習者としての習慣や態度を育てる場」でもあります。ただし時代とともに、「一律で課す」から「個に応じた支援」「家庭環境への配慮」へと意味づけが変化してきています。
学校と保護者で「子どもの学びの保障」について押し付け合うような構図に見えがちですが、これは、本質論や理想論と、今の社会の状況がマッチしていないことが一番の問題なのだと思います。
今日は、学校の宿題についてありのままの現実を挙げてみて、みなさんに考えていただこうと思います。
学校はなぜ宿題を出すのか
学習習慣の定着
家庭で机に向かう習慣を身につけさせることで、学力の安定や将来的な自主学習につなげるねらいがあります。
家庭学習はあくまでも「家庭教育の領分」です。公立の学校としては、どこ子にも=どの家庭でもを保障するために、助走として介入していると言えます。
「家に帰ったらまず宿題をやりなさい」のような家庭時間への介入はしません。家庭事情に合わせて保護者とお子さんで計画するものです。近年は、こういった介入を極力減らしていく向きがあります。
授業時間で足りない練習量の確保
算数の計算や漢字の書き取りなど、反復練習が必要な内容は、授業だけでは十分に確保できないため、宿題で補います。
現在、教育課程はパンクしており、また「主体的・対話的で深い学び」を実現するために、学校内では言語能力のうち学校内でないとなかなか育てられない対話や、問題解決能力の育成に授業時間の多くを割いています。教育の方向性としては、決して間違っていませんが、どうしてもドリルが不十分になります。
「授業中はしっかり理解・納得していたのに、テストではできなかった」ということがよくあります。先生がわかりやすく説明しているとその場ではできる、できた気になります。
確かに子どもの吸収力は驚くべきものがありますが、みんな「一度言っただけで理解できる」「一度やってみただけでできるようになる」なんてことはありません。やはり練習が必要です。
復習・定着の確認
また、学校の学習は、毎日少しずつ前進してしまいますから、同じところを繰り返すことがありません。もちろん、前の時間のおさらいをしたり、他の単元で学習したことを思い起こすように話題をふったりと、教員も工夫はしています。
エビングハウスの忘却曲線は有名ですが、学習したことを間隔をあけて、複数回復習することが記憶の定着に効果があります。習ったことをその日のうちに復習するのとしないのとでは、大きな学力差につながります。
その日、数日後、2週間後と復習するようにすると、徐々に短時間でさらっと復習するだけで、もとの記憶まで戻せるようになり、定着につながります。中学・高校の定期試験の直前にだけあわてて復習しようとすると、ものすごい労力がかかりまた効果も上がらないのは、多くの人が体験していると思います。
家庭と学校をつなぐ役割
宿題は子どもが学校で何を学んでいるかを家庭に伝える手段にもなります。保護者がノートやプリントを見て学習の進度や我が子の理解度を知ることができます。
ただし、近年では保護者への説明責任を果たす手段としては「お仕着せがましい」と嫌われる向きがあります。保護者が学校の教育と我が子の学習具合を把握するためにはなりますが、学校側から「必ず見てくれ」とお願いはしなくなってきています。
責任感や自己管理能力の育成
期限を守ることや、毎日少しずつ積み上げる経験は、生活習慣や社会性の形成にも関わっています。
ただ、こちらも「内容とミスマッチ」だとか、「根性論の是非」といった議論があります。一律の宿題を出して、やってこなかったら叱るという短絡的な指導は今の時代には成り立ちません。ただ、「やらなかったら学校で先生に怒られてくればいい」という保護者と利害が一致して成り立ってしまっていることもあります。
子どもはどうして宿題が嫌いなのか
集中できる環境がない
家では兄弟が干渉してきて煩わしい、テレビ、ゲーム、スマホといった誘惑が多いなど、学習モードに入りづらいです。
また学校と違って「みんなでやる」状況がないため、やる気が持続しづらいというのもあります。
時間的制約が多い
習い事や塾で疲れてしまい、宿題をやる気力が残っていないことが挙げられます。今の子どもは意外と自由意志を働かせる時間が1日の中で限られています。そういった休息や遊びの時間とどのように折り合いをつけるかに悩む子も多いです。
家庭の生活リズム(夕食の時間が遅い、就寝時間が不規則など)も影響します。
学校が求めているような「家庭学習」を、子ども自身の力では計画しにくい面があります。
わからないまま放置される不安
私が一番深刻に感じているのは、苦手分野をサポートしてくれる人がいないということです。
授業中に理解をして「できる!」という感覚をもって皆が家に帰れればよいですが、苦手な教科のドリルが出たとき、子どもはとってもつらい思いをします。
「やってもできない」「できないと怒られる」経験の繰り返しで、自己肯定感が下がるのであれば、宿題はむしろ害悪につながってしまいます。
宿題が「義務」になっている
「やらされている」感覚が強く、内発的な動機づけにつながらないことも大きな理由です。特に大量の反復課題は「ただの作業」と感じてしまう。意義を感じて行なっていけないと、しんどい時間になりますし、それがまた集中力を欠くことにも繋がり悪循環に陥りがちです。
達成感やフィードバックの不足
提出してもあまり見てもらえない、ほめられない場合、「やっても意味がない」と思うのも子どもならではです。今の教育では自己調整能力の育成も求められていますが、特に低学年の子にとっては「外発的動機づけ」というのはとても大事なんです。花丸をもらえる、コメントをつけてもらえる、褒めてもらえるということは意欲の持続につながります。
学校の教員の働き方も本当に深刻な局面になっており、「休み時間」も「給食時間」も子どもたちから目を離さず様々な支援をすることが求められています。図工・音楽など専科の授業の裏でも、どこかの教室へ応援に行くなどしていて、子どもがいる時間に宿題を丁寧にみてフィードバックをするのは不可能です。
宿題を預かっても、結局放課後も業務が逼迫しており見ることができないことも非常に多い。
出したはいいものの、教師からはフィードバックを十分に返せないことは、子どもの宿題嫌いにも影響を与えていると言えます。
体力やメンタルの問題
そもそも学校生活自体で疲れてしまい、帰宅後に頭が働かないというお子さんもいます。6時間授業でもう十分にがんばって勉強してきているのです。休み時間もなく、また勉強をしなくてはいけない、でも疲れて頭が働かないから時間がかかる。でも提出しないといけないとなると、夜泣きながらやることになるということも。
他にも、友人関係のストレスや家庭の事情で気持ちが学習に向かないなどもあります。
保護者が困ること
保護者の困りは様々です。当たり前です。家庭はそれぞれですから。宿題の要素一つとっても両極端に賛否が分かれるものもあります。
子どもがやらない・やらせられない
- 声をかけても全然やらない→ 家では保護者の言うことを聞かず、結局「先生に言われないと動かない」ということでとても悩まれている方もいらっしゃいます。
- 親子バトルになる→ 親が教えると「先生はそう言ってなかった!」と反発され、勉強がケンカの火種になる、というのも面談で必ず聞く悩みです。
2. 宿題の量に関する不満
- もっと出してほしい派→ 「うちの子は勉強しないから、学校から強制してほしい」と要望される方がいます。
- 減らしてほしい派→ 一方、「多すぎてしんどい」「他の習い事や家庭の事情と両立できない」と減らしてほしいあるいはなくしてほしいと思っている家庭もあります。
量を増やすは、業務量としてすごく無理があります。一方量を減らすについては、個別の相談に応じる手があります。ただ、塾などで宿題内容はもう十分できている場合に減らすことはできても、習熟できていない子への代替手段を提供する(学校で別に補講をしてあげる)などは無理なので、一律の回答はできないでしょう。
3. 宿題の質や形態への不安
- 課題の意義を感じない→ 単純な反復や丸写しを「意味がない」と感じる。
- タブレットへの不信感→ 「紙のドリルの方が定着する」「デジタルは遊びと区別がつきにくい」。
こういったことは、学校が丁寧に説明して理解を得ていく必要があると思いますし、また学校では内容の吟味や見直しは検討してく必要もあるでしょう。ただ、「家庭学習は家庭の領分」という点でその助走をしているという意義からすれば、説明をした上で「他の学習を家庭でどうぞ」というのも十分にあって然るべきだと思います。
4. 保護者のリソース不足
- 教え方がわからない→ 教育内容が難しくなり、親世代の学び方と違うので説明できない。
- 時間がない→ 共働きや家庭の事情で「見てあげる暇がない」。
宿題がドリルであれば、内容が変わっていることはほとんどありませんが、調べ学習などが出て場合は、いろいろと困惑することもあります。何より、時間がないというのが大きな理由にあります。夜帰ってきてから一緒に宿題をするのも大変です。
宿題サポートをする個別学習塾などが、そのニーズをしっかりキャッチしているのもよくわかります。
5. 成績や将来への不安
- やらないと成績に響くと思っている→ 「仕方なくでもやらせる」心理になる。
- 学校任せにしたい気持ち→ 「学習は学校の責任」という意識が根底にあり、家庭での学習指導に消極的。
中学校だと課題提出は成績に直結します。小学校では成績に直結するということはほとんどありませんが、評価材料にすることはあります。本来の「子どもの学習の保障」ということよりも「出さないといけない」ということの方が頭にいってしまい、声かけしてしまうということがあります。
解決は一筋縄ではいかない
学校はなぜ宿題を出すのかの部分でお伝えしましたが、「家庭学習」はなくてはならない学習機会です。
家庭の学習は、学校の宿題とはイコールではありません。そして、どう展開していくかはあくまでも家庭の領分です。
ですが、学校は「宿題廃止」にはなかなか舵を切れません。どういった復習が必要かを伝えていくということも必要ですが、それだけでは様々な家庭事情がある中、公立の学校では子どもの学習を保障していけないのも事実です。
もはや政策レベルでの変革がないと、うまくいかないのです。
私の住む地域では、塾に通わすことのできない低所得家庭にボランティアが「学習支援塾」を開く事業などがあります。行政が積極的にそういったNPO法人を援助することで成り立ちます。利用できるように広報することも大事ですね。子ども食堂の学習版のようなものです。
教員が増える未来は今のところ全く見えませんので、他のリソースが必要になると思いますが、たとえば放課後の教室を「宿題サポート」として提供するなどの方法もあるかもしれません。
長期休暇の学びのあり方も、向いている方向がバラバラ
「サマーラーニングロス」は、古くアメリカで出された研究結果で、サマーバケーションを挟んで学年をまたぐアメリカの小学生で、休暇中に学習を怠った場合、1〜2ヶ月分の学習損失があり、とくに算数や基礎手続で顕著であったというものです。
ただこの研究については、その後の他の研究者によって「再現できていない」という論文も出ており、他に絡み合う他の要素などまで入れて考えるべきであるとは言われています。
学習損失が起きないわけではないので、やはり長期休暇中の家庭学習のあり方は考えなくてはならないものです。私としても、休暇前の復習を行うことが大事だと考えています。
ところが国はというと、「ラーケーション」などからも想像できるように、「休暇だからこそできる体験を」というところが押し出されています。
こちらも、「体験が学習を駆動する」という事実からも、重要なことです。それでも、基礎学習をやらなくてよいわけではないはずなのです。そこについても、もう少し言及されるとよいなとは思っています。
おわりに
保護者は教育のプロではありませんから、どうしてもニューストピックに揺り動かされがちです。でも「教育批判」をちょっと横へ置いて、「我が子の学習保障のためにできること」を考えてみていただければと思います。宿題でお子さんが困っている様子があれば、遠慮なく学校に相談していただければと思います。
学校としては、宿題を出す出さないは悩ましいと思いますが、それ以上に面談などで、一人一人にどういった家庭学習(学校の学習の定着にむけたもの)が適切かどうか、どうやって進めていったらよいかを提案したり、伴走したりしていくことができることではないでしょうか。


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