中教審 教育課程部会 算数・数学WGの傍聴をしました。
今回は内容ではなく枠組みの話。
ほとんどが数学の話でした。
算数は他教科にも増して系統性が重視されている教科ですけれど、委員のみなさんの話からは、ほとんど「系統性を誇示する」「これまでの枠組みに固執する」「すでに正解が出ている」というような感じの話が一切ありませんでした。
むしろ、「もっと数学が日常や社会の中で役立つ意義を感じられるように」「探求的な学びになるように」という声がたくさん聞かれ、少し意外だなと驚くとともに嬉しくもありました。
本当に数学のよさを実感している人にとってみれば、数学的なものの見方・考え方ができることが生きる力に素晴らしい影響を与えていると理解しているのですね。
「大学に入ると、急に数学に自由度が増す。この楽しさをもっと年齢が低い頃から感じられたら。」という言葉はすごくささりました。ああ、私ももう一度、ちゃんと学び直したい。
中学・高校は、与えられた定理に基づいてただ公式に当てはめて計算をするような学習が多いという指摘は、指摘されずともずっと皆が感じていたことです。今の学校はかなり変わってきてはいるとのことでしたが、世界的にみても理数に進む人口が少ないことはこの影響を大いに受けていることです。
数学を学問する人、一部の人だけでなく、(いわゆる体育をスポーツ選手のものだけにするのではなく生涯スポーツとなるようにするのと同じように)生活の一部にもなっていけるようにという思いを持たれていることに感銘を受けました。
文科省の方で作成された提案に対して、委員がそれぞれの見地から意見を述べるわけですが、こういったやりとりこそ、みなが見てほしいなと思うところです。
「見方・考え方」の整理の部分において、次期指導要領では、小中高で文言の統一を図るということで
(改定案)社会や自然の事象や言説を数理の視点から捉え、論理的、統合的・発展的に考え、批判的に考察すること
という文言が示されました。それに対して、西村委員は
「文言がどちらかというと「受け手」の意識になっているのではないか。 主権者教育やメディアリテラシー教育の観点からすると、それだけではなく、自らも正しいものを提案していくようなことが大事ではないか。 批判的に考察し・・・と続くものがあってよいのでは。」
と指摘しました。
あらゆる教科・領域において、おそらく(というか然るべくして)AI技術の進歩に伴う情報リテラシー能力の必要性の視点が要求されています。ですからいろいろと、そこに太刀打ちできるようにという思いが含まれるのは当然ですが、どうしても「情報モラル」的な思考が未だに強すぎるなと感じています。すなわち、「正しい」「安全」が決められていて、そこからそれないように慎重に扱っていくというスタイルの強調です。
委員のからもさらに指摘がありましたが、「データが示されている(エビデンスが示されている)ものがかえって嘘を含んでいる」場合があることには注意が必要で、その点においては確かに算数・数学の力をつける意義はあるといえます。
一方で、自分でデータを作っていくこと、データをもとに事象をとらえたり、人を説得したりすることも算数・数学の中から行われていくことが望まれます。
社会にどのように接しているか、接していくかということを意識しながら、どの段階の教員も指導にあたれるとよいなと、改めて思うのでありました。


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