SNSで見かけた投稿とそこに寄せられていたコメントを読んで、知らない世界を知ったので、ケーススタディとしてご紹介します。特定の方を非難する目的ではないので、事例は投稿ままではなく改変しています。
<スレ主の投稿>
写真が趣味の方が一眼レフを購入していろいろな写真を撮って楽しまれていた。運動会などの学校行事で、我が子のがんばりを撮影するだけでなく、他の子も含めて写真をたくさん撮った。ママ友とのグループLINEに撮影した画像をアップすると、たくさんの「いいね」をもらうとともに喜ばれた。
ところが、子どもの習い事(クラブチーム)で同様に撮影をしてLINEに上げたが、全然いいねや感謝の言葉が返ってこない。これはひょっとして嫌われている?写真も認めてもらえていない?
<寄せられたコメント>
・スマホで撮影したものとは描写力が全然ちがくて、我が子の写真をもらえたらありがたい。
・お互いに撮ったものを寄せ合う中、1人だけ一眼レフでいい写真が撮れているから「イキってる」とうざがられているのでは。写真はありがたくもらうけど・・・。
・趣味でやっているのだから、「いいね」や感謝の気持ちを求めるもんじゃない。
・私も同じことしているけれど、ママ友みんなから喜ばれている。腕を磨いたら?
・うちのチームにもいます。我が子のも撮ってくれて嬉しい。でも恥ずかしいのでいいねはしていない。
・他人に我が子の写真を撮られるのが嫌な親もいる。
・クラブチームには許可をとっている?勝手に撮っているものにいいねをつけるのは、自分もルール違反に加担している気がしてしまうのでは。
・学校では、自分の子を撮影したものでも、他の子が映り込んでいることもあるから、ネットにアップするのは禁止しているから、クラブチームのルールも確認したら?
・撮影OKの親だけ撮影している。親に許可をとったら?
投稿に対して、9割くらいが肯定的というか、「クラブチーム保護者がどうして感謝の言葉をちゃんと表明しないのかよく分からない。私だったら嬉しい。きっと感謝しているはず。」といったものでした。
他は、あなたの写真が大したことないのではといったマウントや、許可を取ったらいいのではといった意見でした。
スレ主の投稿にも、投稿に寄せられたコメントにも完全に欠如した「そもそも」があります。それは
肖像に関する権利は、子ども本人がもっている
ということです。
私、肖像権は中学生のときに習った記憶なのですが、違ったのでしょうか。憲法の学習で、肖像に関する権利について教わったと思うのです。「公人とか芸能人のような人は、少し例外があるよ」と教わった記憶があります。30年以上前の義務教育ですら教えていた内容だから、正しく理解していかは別としても皆知っていると思っていたのですが、「まったくそんなことがない」という事実を知り、勉強になりました。中学で習ったというのは記憶違いで、高校・大学で習っただけなのかも・・・。
個人情報だ!という盲目的な発言もよく見ます。写真だけでは、個人情報の定義に当てはまりません。個人情報保護法の定義で言うと「生存する個人に関する情報であって、氏名・生年月日・住所などにより個人を識別できるもの。」となります。
おそらく「個人情報侵害!」と言う方は、「プライバシーの侵害だ!」と言いたいのです。これは似た感覚をもたれている方が多いのかもしれませんが、指しているものは全く別です。
そもそも、「肖像権」「プライバシー権」という名称で法律に明文化されたものはありません。どちらも日本国憲法13条に拠り所があり、明文規定はありませんが判例上認められています。(判例は実質的な法的効力をもちます)
第十三条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
日本国憲法
子どもは親の保護下ではありますが、所有物ではありません。幸福追求権、法の下の平等、思想・信条の自由、生存権・・・などなど大人と同じ基本的人権を持っています。
個人の尊厳
まず、人格権として見ていくときのポイントとして「名誉か不名誉か」があります。
子どもの姿を撮影するのは、親の楽しみでもあります。子どもは成長の間にさまざまな表情をとりますね。おもしろい仕草をしたり、ときに失敗したり・・・。そんな姿を親は愛の眼差しで写真として切り取り、記録します。ただ、それを人に見せるとかインターネットにアップして多くの人に見せることは、よほど注意すべきことです。子どもが泣いている写真でも、変顔している写真でも、親は微笑ましく感じていたとしても、本人にとって「不名誉な場面を撮られて嫌だった」ということがあります。また今そうでなくとも、思春期に入ってからその写真がずっとSNSに残っていることを拒否したいこともあります。
名誉か不名誉かを自己決定する権利は、子どもにあります。幼児期に撮影した写真について、それを保持することについて、「ありのままの姿にあなたの尊厳がある」と説得することもあるでしょう。子どももそれを受け入れることがあるでしょう。親であれば、我が子に対して撮影したものを、我が子の自己決定に委ねられるよう管理することができます。しかしながら、他人の撮影したものでは、それを管理することができません。
誰かの名誉が誰かの不名誉ということも
今回のケースで、たとえばクラブチームのお子さんがシュートを決めた瞬間を撮影した写真があったとします。相手チームのキーパーがセーブできなかったところも同時に写っていた場合、どうでしょうか。LINEで共有された画像を、シュートを決めた保護者の方もそのお子さんも嬉しくて感謝するかもしれません。一方、相手チームのキーパーのお子さんや保護者の方は「写真の存在を知らなければよい」のでしょうか。たとえば、シュートを決めた子と相手チームのキーパーの子は、園時代からの友人であり、保護者もSNSでつながりあう仲だった。シュートを決めた子の保護者がLINEからもらった画像をSNSにアップした。そういうこともあるでしょう。
プロ選手とアマチュア選手は違う
プロのサッカー選手は、いわゆる「肖像に関する権利の制限緩和対象」です。ですから、それを観客席から撮影することにほとんどの場合は問題がないでしょう。報道カメラマンは「報道の自由(国民の知る権利)」に則って決定的瞬間を撮影し、報道します。これもシュートを決めた瞬間であれば問題はないでしょう。少年クラブチームのそれとは同じではないんですね。
安全を脅かす場合も
「プライバシー」としても見てみましょう。DV被害で逃げてきたご家庭もあります。お子さんがどんなに名誉ある姿で撮影されていても、クラブチームのユニフォーム、あるいは会場などから居場所が特定されてしまうことがあります。これは本当に危険なことです。内輪のLINEで写真が共有されていても、その家庭の保護者からしてみれば、グループのどなたがその画像データをどのように扱うか気が気ではありません。
結論
結論は言うまでもありませんが、他人の子どもを勝手に撮影してはいけません。保護者だけに許可を得ればよいわけではありません。もちろん他人のお子さんにだけ直接許可を撮るものでもありません。利用目的と利用範囲をきちんと示した上で、保護者の方にお子さんと話し合って許可不許可を決めていただく手続きがあるべきです。クラブチームであればチーム責任者に手続きをしてもらったり、広報役として書面契約を交わしておくなどするとよいでしょう。ただ・・・趣味で撮影している程度でそこまでするかはどうでしょうかね。
性的搾取の危険も
他にもいくつか問題があります。スポーツの写真では、性的搾取をされる現実があります。撮影者にその意図があれば各自治体の迷惑防止条例などによる「盗撮」に当たりますが、そのような危険を認識せずに画像を共有する場合も倫理には反しているともいえ、軽犯罪法「正当な理由なく他人の行動をのぞき見たり、盗み見たりする行為」が適用されることもあるかもしれません。(法律の専門家ではないので、これが正しいかはわかりません)
アップされた画像がディープフェイクでポルノ利用されてしまうというのも深刻な問題になっていますよね。自分でも我が子でも、ネットへの画像のアップはよくよく慎重になってきている今日です。そんな中、無許可で他人の子のアップの写真を撮影したり、画像データとして人と共有するというのは、非常識と言わざるを得ません。
これから考え、やっていくこと
今回勉強になったのは、「みんな知っていること、分かっていること」と思っていたことが、全然そうではなかったということ。学校現場で、撮影に対してよくよく注意喚起をしていますが、クラブチームでは今回のケースのような「子どもの権利をなおざりにする」ことがあるということが分かり、アナウンスの仕方を考え直す必要があるかもと感じたことです。保護者の方には「特殊な制約」として注意喚起しているのではないということをもっと伝えなくてはいけないでしょうし、職員に対してはコンプライアンスの意味合いをもっと丁寧に伝えていかなくてはいけないと。
これはデジタルシティズンシップとして、大人と子どもとみんなで勉強していくとよいケーススタディだと思います。「全て撮影禁止!」ということではありませんよね。「子どものかっこいい姿を写したい。それを保護者の方やそのお子さんにプレゼントしたい」という前向きな思いがあるわけですから、メリット・デメリット・あるいは危険性などをテーブルに広げて議論すればよいのです。話がまとまらないチームもあるでしょうし、チームでよく話し合った結果、チーム内でのルールを決めて実現できることもあるでしょう。
「個人の尊厳」で触れた内容は、シェアレンティングの議論でもあります。これはいつか別記事にします。


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