どこからがクレームなの?

教育

文科省の示した、業務改善の3分類

文部科学省では、給特法改正に伴って、自治体・服務監督教育委員会宛に通知を出しました。

毎日新聞は「保護者クレーム、学校での対応は不要 教員業務の分類を刷新 文科省」というタイトルで記事を出しました。

現在学校・教員が行なっている業務を

  1. 学校以外が担うべき
  2. 教員以外が積極的に参画すべき
  3. 教員の業務だが負担軽減を促進すべき

の3つに分類して、教育委員会は優先的に対応するものから「業務量管理・健康確保措置実施計画」に反映すること、そして学校は学校運営協議会等での議論を経て、優先順位を定めながら、各校の実情に合わせて運用することとしました。(「学校と教師の業務の3分類」文科省)

クレーム対応は1の「学校以外が担うべき」に分類されました。

先の新聞のタイトルだと「保護者のクレームは学校では対応しない」と受け取れます。

これは保護者にとってどう映るでしょうか。「クレームとは?」となりますよね。

文科省の資料には、「保護者等からの過剰な苦情や不当な要求等の学校では対応が困難な事案への対応」という言葉で書かれています。

過剰な苦情や不当な要求等と、少しだけ詳しく書かれていますが、具体例を示していくことが大事であると考えます。

文科省の書きぶりですと、「学校では対応が困難な事案」は学校外で対応と読み取れます。

具体例がないとまた文科省の「手を打ちました」アピールだけに終わりかねません。

カスハラだけが該当するのだろうか

実際、威力業務妨害など刑事事件に発展しそうなものについては、これまでも学校によっては毅然と対応をしてきました。電話でも面談でも時間を決め、感情的な昂りがあった場合は諫め、暴言暴力の危険があった場合は退去要請をし、それで応じなかった場合は警察に通報するといったものです。

“ほぼ犯罪”と言えるような、恫喝や金銭要求、家に来て土下座しろだとかいったものは、学校に限らず応じないし、しかるべき関係機関に通報や相談をします。

このことだけを指すわけではない、となるとやはり保護者としては「どこからがクレームなの?」と思ってしまいます。良識のある方ほど萎縮しかねません。それは本来築けるはずだった信頼関係や、子どもの健やかな成長の支援から大きく後退してしまう結果につながる恐れすらあります。

具体例を示すべきですよね。

子どものことになるとつい感情的になってしまうのは親のつねです。ただその感情をそのまま社会的関係でぶちまけてしまうことは、人には「理性」があるがゆえ本来ないはずです。ただ、現状そういった思いや悩みについての受け皿は学校に大きく依存しています。

モデル事業としてコールセンターでの一括対応を試験的に導入した自治体があります。

今回は私は、コールセンター一括対応バージョンにおける、保護者の利益の最大化をはかったものを提案してみます。モデル事業が想定しているものより、かなり踏み込んでいると思います。

コールセンター一括対応のイメージ

コンプレインとクレーム

日本では全部一緒くたにクレームと表現します。また、不当な要求のことをクレームと捉えている方も多いです。

実際コンプレインとクレームの定義は様々で、「日本で言っているクレームは、コンプレインのこと」と言われることもあります。

言葉に強くこだわりたいわけではありませんが、私が図で説明するにあたっての定義をお示ししてから説明に入りたいと思います。

コンプレインとは、いわゆる感情的な不平・不満・苦情です。

クレームは、要求や主張をするものです。

私はクレームを「正当な要求」と「不当な要求」に分けました。

電話の目的を見極める

オペレーターが一番はじめにすることは、よく聴くことです。

そして、内容の選別やトリアージを行います。

それに従って、保護者等の方と話を進め、対応の方向性について決めていきます。

感情の整理につながる

上述した通り、保護者の方は我が子のことになると、自分のこと以上に不安になったり憤ったりと感情的になるものです。

学校にはしっかり伝えたい、でも学校との関係を悪くしたくない。クレームと取られてしまうのではないか。など、伝えたいことがあっても、躊躇してしまうことがあります。

私の考えるコールセンターでは、最終的に「学校に伝えるかどうか」を保護者等が判断することを保障するようにします。これはとても大事だと考えています。

思いの丈を語ったらちょっとおさまって、もう少し様子を見てみようと思ったり、

感情的にぐちゃぐちゃになっていた頭の中を整理することを手伝ってもらうことによって主訴がはっきりして伝えやすくなったり、

上手く伝える自信がないと思っていた人にとっては言語化も含めてよい緩衝材になったりすると考えます。

「先生たちがすごく忙しいことを知っているから、時間や手間をとらせてしまうのが心苦しい」などと思われて、学校へ連絡するのを躊躇う保護者の方もたくさんいらっしゃいます。

教育相談の入り口としてのコールセンターは、教育行政サービスとして必要にすら思えます。

相談先や具申先を案内する

クレームにもいろいろとあります。我が子のことでないクレームもたくさんあります。例えば通学路の歩き方のマナーが悪いとか、公園で危険な遊びをしている子どもがいるとか、うわさ話とか。

中には、教育関連の不祥事ニュースを毎日チェックして、断罪しようとしたり、現代の教育のあり方についてご意見番として主張したり、特殊な思想を広めようとしたりするなどを目的として、自治体の学校に片っ端から電話をかけまくってくる人などがいます。

学校にかかってくる電話の内容が、必ずしも学校で対応するものでないこともあるのです。前者は学校で対応ができますが、後者は本当にただの迷惑です。学校単位でない教育問題について、他を案内することもできるかもしれません。

また虐待疑いを発見したときなども「とりあえず学校」にとする方がいますが、国民全員に課せられた義務として児相に通告義務がありますから、そういったしかるべき相談先を案内することも必要です。

コールセンターだからこそ実現できる多言語対応

各学校にも外国につながる家庭がいます。地域的に集中している学校では、学校単位で多言語対応する準備を整えていますが、ほとんどの学校では今それができていません。

保護者の方との意思疎通がしっかり取れるようになることは、学校にとってありがたいことですが、なにより保護者の方が日々言語の壁で子育てに困っていることが解消されるのは、コールセンターの大きなメリットになりえます。

連絡の有無の確認と対応に要する時間の目安を伝える

先ほども書きましたが、私は「コールセンター止まり」を保障することで、保護者の電話連絡の敷居が下がると考えています。

私が分類定義したコンプレインと不当な要求を含むクレームが入り混じっているケースもあるかもしれません。オペレーターが対応する中で、徐々にトーンダウンしていき、必要なクレームのみにして伝えることもできるかもしれません。

ただ、結局学校側のリソースは限られていますから、対応には優先順位がつけられて然るべきです。「今日中に対応して、結果を連絡してこい」といった要求には応えられないこともあります。ですから要求部分について対応の目安を伝えることは大事で、ここでどんなに主張に一理あったとしても要求が過度である場合は「対応しない」「学校にも伝えない」と伝えること。おそらくここが守られると、教員の中で「保護者対応が一番のストレス」としているものを大きく減らすことができると思います。

電話の最後に「学校にお伝えする内容は〜という言葉でよろしいですか」と確認することで、オペレーターの解釈が入らないように気をつけることも大事ですね。

過剰な要求には毅然と対応する

コールセンターの連絡が録音されるのは当然でしょうが、法に触れる行為や、話が堂々巡りになるものについては学校へ取り継ぎません。それだけでなく、その理由を示すことも必要でしょう。

場合によっては、警察に通報することもありえるでしょう。これは学校の子どもを守るためにも必要です。

学校から保護者へ

今回の私の試案には、もちろん欠点もあります。それは後でお伝えします。

コールセンターでまとめた連絡内容は、学校へ連絡されます。学校では優先内容を確認し対応します。また、対応したことについて、必要に応じて保護者連絡をします。

また、場合によっては面談機会を設けることにもつなげられるでしょう。

あくまでも、学校全体としての保護者の利益の最大化をはかった結果、コールセンターでの電話対応によって本来さくべきであって優先的な対応にリソースが回るということです。

懸念点はいろいろあります。

学校の電話番号をすでに全国知っているわけです。コールセンターを経由せずに直接電話してきた場合はどのようにするか決めておく必要があるでしょう。

また、コールセンターではオペレーターに当たり障りのないことを言っておいて、学校から折り返しがあった電話で不当な要求をぶちかますということも考えられます。あるいは、直接学校に乗り込んでくるなんてこともあるでしょう。

課題はあるけれど、前には進めなければならない

いかがでしたでしょうか。

私はモノホンのモンペ対応だけのためにコールセンターを導入するというのは、全くもってコストに見合わないと考えています。

それは「電話」だけでは対応しきれませんから。だからといって、スクールオフィサー導入なども気をつけないと外国のようにゼロトレランス暴走に向かうことでしょう。

どの学校もコールセンター導入の有無や是非の前に、無法者への対応はマニュアル化しておくべきですね。保護者が「我が子の担任だから」と強く出られないのと同じで、「子どもの親だから」と全部を受け入れるものではありません。

私は、どの業界でも、タメ口だった時点で社会人として適切な関わりが難しいと感じています。(ごくごく稀に丁寧語が使えないけれどいい人っていますけど。そういう方はいつもものすごく穏やかな表情と穏やかな語り口調だから、本当に特殊なんでしょう)

私の試案は、過剰な要求を弾くというところにだけスポットを当てたのではなく、保護者にとってどのような利益があるか、そしてそれによってこれまで損失していた教育リソースをどれくらい再配分して子どもの利益につなげていけるかという視点で考えています。

コメント

タイトルとURLをコピーしました