SNSで不健康にならないために

世情

 SNSでは、さまざまな愚痴やトラブルへの困りなどを投稿される方がいらっしゃいます。 おかれている立場から苦しさやもどかしさを覚え、それをSNSで吐露するというのは、ある種、自分のメンタルを健全化するために必要でもあります。

 ただ、そこに集まってくるコメントはあまりに多様で、それによってかえって気持ちが苦しくなってしまうこともあるかと思います。

 今日は、Threadsを例に、自分の投稿に寄せられたコメントをどのように受け止め、あるいは往なしていくかの手がかりを考えてみます。そのために、1枚の画像を作成しました。SNSに投稿された愚痴や疑問などを1つの事象とした場合、そこにはどのような層や群のかかわりがあるかを表しています。

「SNSに投稿された事象への他者の関わり」 作 tomosen

スレ主の期待にそうもの、そうでないもの

 スレ主が直面している事象には、実際にはたくさんの要素があります。 スレ主が投稿した文章は、あくまでも事象の一部であり、また主観でしかありません。

 スレ主の投稿が愚痴だった場合、ささるのは「共感」です。

 スレ主の投稿が、問題解決要求だった場合、ささるのは「客観要素からの助言や批判」「類似体験者による主張」あるいはメタ層からの事象分析です。

 事象にもよりますが、社会課題などについては、必ず一定の粘着群がいます。 その層は、当事者がどの要素について言及していようが、待機していたヘイトを全力でぶちまけます。ヘイト群と反感群は異なると考えます。

共感が憎悪を強化する病

 実は共感群は、類似事象体験群であることも多く、自身の体験と照らし合わせることにより、スレ主が直面している事象に関わる他者に自身の憎悪を投影させることがあります。また、共感すると同時に、事象要素に対する特定の属性への憎悪を強化してしまうことにつながります。

 フィルターバブルによって、強化の速度もかなりのもので、私としてはこれは共感しているつもりが、社会課題や特定の属性への憎悪を強化ばかりしていき、結果として非常に不健康になっていくだろうと危惧しています。

 メタ層は、スレ主に対して自身が責任を負えないことを理解しており、スレ主の主観を多要素とからめて分析し、社会課題の解決に何が必要かを勝手に考えます。

 メタ層が、メタ層のままコメントをすると、嫌がられます。 あくまでも「共感」と「客観要素からの批判」にとどめておくべきです。(メタ層は助言はしません)

メタ層ではない、もう一つの層

 そして、最近私が考えているのは 実はこれにもう一つ、「グラウンド層」というものがあるのではないかということです。

 粘着ヘイト群とはまたちょっと異なるのです。

 何か前提として主義や思想をもっており、あらゆる事象に対してそれを基に世界を見ている層です。人権団体とヘイト集団が紙一重にうつるのは、ここにあるのではないかとも思うのです。

 「当事者&類似事象体験群」と「メタ層」はレイヤーが違うので、コメント欄などではあまり議論になりません (客観要素からの批判群は、メタ層の指摘について、メタ層へ誘導されることはあると考えますが)。そもそもメタ層はスレ主のコメント欄に基本的にはコメントを残しません。自分でスレッドを立てることの方が多いです。

 メタ層とグラウンド層は、まず議論が噛み合いません。 メタ層は、社会課題の中にグラウンド層が主張するものの重要性を認めていたとしても、あくまでも多面的な分析とアプローチを試みます。

 しかしグラウンド層は、必ず課題解決の最優先とする要素があり、そこを最優先とした主張以外は拒絶します。

 これは、メタ層が現実路線かつ未来志向であるのに対して、グラウンド層は過去の精算を必須かつ最優先とするところにあるのだろうと考えます。

倫理に通じる主張の理解には勉強が必要

 グラウンド層の主張は、決して看過できないものがありますが、 それを理解するのは容易ではありません。

 自分の立場とは全く異なる立場を理解するために、自分の考えから先入観のようなものを全てとりはらう覚悟がなくてはいけません。

 また背景となる多くの知識を入れたり、多くの事象の個別課題をいったん特定要素から眺めてみたりする必要があります。

 メタ層とグラウンド層が協働できれば、より社会は平和で豊かになっていくと思うのですが、当事者であるスレ主のところで空中戦が繰り広げられると、本当に誰も得しない「戦争」が行われているように見えてしまいます。そういうのはご遠慮願いたいですよね。

悩みが複雑化しないように

 いかがでしたか。愚痴やトラブルへの困りを投稿される方は、こういった構図があることを理解しておくだけでも、「ややこしくなってしまったとき」への危険回避や精神安定につながるのではないでしょうか。

 コメント欄をどう見るかもそうですが、ずっと愚痴を吐き続けてもストレスの緊急避難にはなりえても根本の解決には至りません。コメント欄には多くの「無責任」が集積します。どんなに善意のコメントであっても、かえって憎悪を強化してしまったり、同様の悩みで「自分はうまくいった」個別の方法に振り回されたりします。それゆえ、本来であればすんなり解決したようなことでも、事態を大きく悪化させてしまうこともあります。深刻な悩みは、「本当にリアルの周囲に味方がいないか」をもう一度確認してみるか、専門的な窓口を頼ることが大事であることに変わりはありません。

 自分のモヤモヤについて、コメント欄を上手につかいながら、少し元気があるときには自分自身がメタ層になって事象を広く捉えてみたり、根本解決に向けて動いてみたりできるとよいですね。

 ニセ専門家にはくれぐれも注意して。

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