私はエピソード記憶が非常に強いのです。親からは、幼少の頃は天才かのようによく褒められましたが、20代頃にはとっても嫌がられました。されて嫌だったことを事細かに記憶していて蒸し返すからです笑。
エピソード記憶は、感情とセットでその時の光景が鮮明に記憶されています。でも、感情とセットな分、誰が何と言ったかのような事実は歪まなくても、その場にいた人が感じていた雰囲気とはちょっと飛躍している可能性は否めません。
どの人にも、覚えている幼少時代のエピソードなどはあるでしょう。それなのに、周囲の人から「ほんとによく覚えているよね〜」と言われるのはきっと
- 覚えているエピソードの量が相対的にかなり多い
- 大きな出来事ならともかく「そんなこと?」というような些細なことを覚えている
からなのだと思います。
幼少時代のエピソードを一つひとつ書いていったらベストセラーの本が出版できそうですが、おおぴらには言えないようなできごとが多すぎて、ブログには載せられません。
うちの子も、毎年うけもつクラスの子どもたちも、私の過去の話は大好きです。でも、本当にすごいエピソードはとても子どもたちには言えないんですよね。いつも飲み込みます。
夏休み中、娘から「昔の話して〜」とお願いされることがよくありましたが、そうやってふられるとなかなか出てこないんですよね。何かしているときにふっと思い出すんですよ。ちょうどやっていた遊びとか、聞こえてきた人の名前とか、観ていた動画のシーンとかから。
エピソード記憶が強いことは、この仕事では大いに役立ちます。授業中に誰が何を発言して、それに誰がどう反応して、みたいな授業記録が頭に記憶されるからです。小学校の教員は、いろいろな教科をめまぐるしく教えるので、たとえば月曜日に社会をやるとき、先週の木曜日の社会の続きからやるわけです。そういったときに、「前回さあ、◯◯さんが〜って言ったらさ、◻︎◻︎さんが何て言ったんだっけ(私は覚えている)?」みたいな入りが普通にできてしまいます。ただ、感情とセットで記憶されやすいので、面白おかしく授業をしていなかったらなかなか定着しないとは思います。
これ、近年衰えた気がします。板書をiPadで写真に撮るようにしたせいかも。他の記憶・記録から取り出せるなら、それでいいとも思いますが。
「勉強にいかす」という観点からこの話をすると、記憶には人によって優位なもの(あるいは不得意なもの)が違うので、「みんな、感情とセットでエピソードで覚えちゃおう!」とは言えないんですね。それぞれの得意がいかせればいいですし、また不得意なものは補い方もありますから、それに合わせてやっていくのがよいですね。
余談ですが、エピソード記憶が強い人は、トラウマを抱えやすいとかPTSDになりやすいといった負の側面もあるそうです。一長一短ですね。エピソード記憶が強いと思う方は、人から精神攻撃をくらいそうなときは「無感情」を意識するといいですよ。また、他に今やっていたことを考える時間にしたりすると、記憶に残りません。「怒り」「悲しみ」のような感情と結びつかないように心がけるというのは、誰にでもあてはまるかもしれません。


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