就職活動をなめていた

日記

私は就職氷河期世代です。

でも、当時は就職難の時代だったということを全く知りませんでした。

同世代の人はどうだったのでしょう。認識があったのかなあ。

受験も就職も試験があって大変なもの、ただそれだけの認識だったので、今頃やっと「あの頃は大変だったのだ」と知りました。

思い返してみれば、教育学部(教育人間科学部という名称でしたが)の人でも、一般企業の就職活動をしている人がたくさんいたように思います。

教員採用試験も、全国ツアーのように日程を組んで、試験を受けにいく人もたくさんいました。大学には全国から集まっていたので、地元を受けるというのもあったのでしょう。

私はというと、横浜市の教員採用試験のみ。

横浜大好き過ぎたとか、そういうことじゃないんです。田舎もんっていうか、他都市で生きていくっていうことを考えたこともなかったんです。大学が横浜じゃなかったら、またちがったんでしょうね。

試験や面接に自信があったわけでもなんでもありません。

試験勉強はがんばりましたが、大学の受験勉強ほど死ぬ気ではやっていなかったと思います。教科書買って、淡々とこつこつとって感じ。

あとで知りましたが、教育大学では(いや、今はふつうの大学の教育学部でも)試験対策や面接試験練習などをしてくれるそうです。私の通う大学では(ゼミによってはあったのかもしれませんが)全くそういった授業はありませんでした。自分で大学生協で「教員採用試験対策」と書かれた教科書や問題集みたいのを買って、空きコマに図書館で一人こつこつと勉強していました。

地方によって採用試験の内容が違うとか、傾向と対策があるとか、そういうのもなんとなく友達が話していましたが、私はただ買った3冊くらいだけで勉強していました。

教職教養も、教育心理も、教育法規も関心があったので、「無駄なこと覚えている感」のような苦労はありませんでした。採用試験に間に合うかなとかは気にしていましたが、ふむふむなるほどって感じで勉強していた記憶です。

面接の勉強や対策は一切しませんでした。頭がお花畑だったんですね。よく言えばピュアすぎたんです。教育への思いをしっかり伝えればいいと本気で信じていました。

一次試験は無事に通りました。でも、一次試験で私はものすごいショックを受けました。

筆記試験の他に、集団演技と集団面接というものがありました。集団演技もまあ驚きがありましたが、面接です。

「それでは、今、集団で演技をしてみての感想を、順番にお話しください。」

「はい!初めて会った人と、こんなにも楽しく演技ができてとても嬉しかったです!顔を合わせて相談し、コミュニケーションをとることの大事さを感じました!もっとやりたかったです!」

ですって。10人での集団演技で私は7番目か8番目くらいに感想を言う位置だったんですけれど、みさなん口をそろえて同じことを話すんです。

面接官は笑顔でうんうんと頷いて聞かれていらっしゃいました。

私はもうそんなこと全然思わなかったので、

「私は金魚釣り屋の役になり、お客さん役の方とうまく演技できました。短い時間でしたが、意見がまとまってよかったです。お祭り(出題されたテーマ)の様子が浮かびました。」

と素直に話しました。私のときだけ面接官は首を傾げました。この瞬間、私は「ああ、終わった」と思いました。そうか、面接対策っていうのは、こういうことなのか。嘘を並べ立てるものなのか。感想を聞かれても感想は答えちゃいけないのか。それを実感しました。

が、私は若かったんです。めちゃくちゃとがっていたんです。面接には模範解答があって、それを勉強して練習することが試験なのだと分かっても、私にはそれはどうしても受け入れられなかった。自分の心に反することは絶対できない頑固ものでした。

それでも一次試験は通ったのでよかったです。

二次試験は、小論文と実技試験と模擬授業と面接です。

実技は、「光」をテーマにしたデッサン?とピアノの弾き歌いと、水泳25mと、ボール運動(バスケットボールでジグザグドリブルとかした)です。

小論文や実技試験、模擬授業はまあそつなくこなしたつもりです。

問題はやはり面接でした。大学の友人にあとから聞いたら、ほんとに人によって全然違ったそうなのですが、私は圧迫面接の面接官にあたりました。難しい教育問題について問われたり、厳しいことを言われたり。とにかくすごく緊張し、嫌な汗をかいた記憶です。即興30秒演技もありまして、「授業中、教室に蜂が入ってきました。子どもが騒いでいます。はいどうぞ!」みたいなやつ。

2次試験の結果は不合格。後日、成績評定開示に行きました。1時試験と2次試験の総合での判定で、A〜Eみたいな値で判定がついていたと思います。合格はBまでだったかな。私はD判定だった記憶です。ギリギリでもなさそうだったという。

さすがに落ち込みましたよ。

でも、落ち込んだわりには、翌年も横浜市の教員採用試験しか受けなかったんです。

面接は、やはり非常勤講師として現場で子どもたち、そして先生方と関わっていたのがよかった。心穏やかにできました。

あまりに就職活動をなめていたんだなと、今になって自分に驚きます。

でも、苦労しなかったわけじゃないんですよ。私の友人は、私より優秀な人ばっかりで、大学受験で浪人したのも私だけだったし、教員採用試験で就職浪人したのも私だけだった・・・ような気がします。

自分の中で人生初の大きな挫折が、教員採用試験不合格だったかもしれません。

でも、非常勤講師時代に、ほんとうによくしていただいたので、自分の人生の結果オーライで言えば、不合格にしてもらったことに感謝してしまうほどです。

挫折はあったけれど、人生に無駄なことって“いまのところ”ないです。

今の闘病生活中が一番「空虚」ですけど。でも、人生観の広がりとしては、今もなお。だから、あと5年後とか10年後には、「無駄ではなかった」と言えるはず。

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